【あの人の “選択”】シヤチル 安井×ヤンガオ ムラ×MAISONETTEinc. 山本

コロナ禍で1人の時間が増えたこともあり、つい考えてしまうのは、「自分らしい仕事ってなんだろう?」という迷路のような自問だ。

多くの人にとって、週の大半は仕事が占めると思う。だからこそ “好きを仕事に” とはよく聞く言葉だけど、そもそもやりたいことが見つからない、やりたい仕事があってもなかなか飛び出せない、そう考えている人は多いんじゃないかな。

かく言う私もその1人。 そこで私が思うカッコいい大人たちは、現在の仕事に就くまでにどんな選択をしてきたのか、どんな考え方で過ごしてきたのか。そんな話を聞いてみたいと思った。

そこで真っ先に思い浮かんだのが、名古屋で飲食店を経営する3人。喫茶店『シヤチル』の安井さん、カレー食堂『ヤンガオ』を営むムラさん、食とカルチャーのお店『Maison YWE』(メゾン イー)、『tt a little knowledge store』(トド)を経営する<MAISONETTEinc.>(メゾネット インク)の山本さんだ。

安井俊介(ヤスイ シュンスケ、写真上)

1988年、愛知県生まれ。喫茶店『シヤチル』、『露店喫茶』、洋食堂『コアラド』を経営。 

村松和昌(ムラマツ カズマサ、愛称ムラ、写真手前右)

1982年、愛知県生まれ。奥様と2人でタイカレー食堂『ヤンガオ』を浄心にて営む。 

山本雄平(ヤマモト ユウヘイ、写真手前左)

1980年、愛知県生まれ。食とクリエイティブの会社<MAISONETTEinc.>CEO。飲食店のディレクションやプロデュース、スタイリングなどを手がける。他に、食とカルチャーのお店『MaisonYWE」(メゾン イー)、『tt a little knowledge store』(トド)を経営。東京の渋谷と神田にあるダイニングバー『Sta.』では、フードディレクションを担当。

 

なぜこの3人なのか? それは名古屋の友人から彼らのこれまでの話を聞いて「え?」と思わず聞き返してしまったから。

例えばムラさんは、グラフィックデザイナーとしてタイで6年半過ごしたあと、約半年で現在のタイカレー食堂『ヤンガオ』を名古屋の浄心にオープンしたそうだ。

一見交わりのなさそうな “グラフィックデザイン” と “食” の世界。

でも、現在ヤンガオは名古屋だけでなく遠方からお客さんが訪れたり、東京でもオリジナルグッズの販売をしたりと、その人気は留まるところを知らない。シヤチルの安井さん、MAISONETTEinc.の山本さんも同じだ。

東京にいてもその名を耳にする3人は、いったい何者なのか。たくさんの飲食店があるなか、私たちの記憶に強く残るお店たちはどのようにして生まれたのか。

そして最も聞いてみたかったのは、彼らはどんな過程を経て、現在の仕事に就いたのか。3人に対して、これまでの人生、どのように考えて選択をし、日々を過ごしてきたのかを伺った。

 

――よろしくお願いします。改めて、現在されているお仕事を教えてください。

ムラさん

ムラさん(以下敬称略):妻と2人でタイカレーの食堂ヤンガオを営んでいます。趣味としてDJも。もともとグラフィックデザインの仕事をしていたので、現在もデザインまわりの仕事を併行してやってます。

安井さん

安井さん(以下敬称略):僕は大きく言うと店づくりですね。もともと建築の設計をやっていて、こういうものがあったらいいなというのを考え、店を通して提案することを仕事としています。

そのなかで生まれたのが『シヤチル』『コアラド』『露店喫茶』です。

山本さん

山本さん(以下敬称略):<MAISONETTEinc.>という “食とクリエイティブ” の会社をやっています。お店は名古屋で『Maison YWE』と『TT"』の2店舗、東京では『Sta.』のフードディレクションですね。

僕自身は広告のディレクションやスタイリングを主にやっていて、何をやっているかが分かりづらいと思うんですけど、ざっくりいうとクリエイティブディレクターになるのかな?

キャリアをスタイリストとして始めているので、基本的にはスタイリングと名乗って仕事を受けています。こことここが繋がることで相乗効果になる、ファッションでも飲食でも、スタイルを感じるような仕事を心がけています。

 

自分の想定していたタイミングとは違ったけど、「やってみよう」と思った

ーームラさんはもともとタイでグラフィックデザイナーをされていたと伺いました。そこからなぜカレー食堂に繋がったのでしょうか?

ムラ:当時デザインの仕事をするなかで、現地で知り合ったタイ人の友人と事務所の1階を使い「タイの地域に伝わるカレーを出すイベントをやろう」と話していたんです。カレーのDJパーティーみたいな。

でも僕、料理の勉強をしにタイに行ったわけではないので(笑)、まずは勉強をしないとと思い、その友人のおばあちゃんに作り方を教えてもらう週末を過ごしていました。

でもいよいよイベントをやろうとなった矢先、帰国せざるを得ない理由で名古屋に戻ることになったんです。

戻ってからこの先を改めて考えたときに、このままデザインの仕事を続けてもいいけど、せっかくだったら自分の好きなことをしたい。

そんな流れでふと「じゃあカレー屋さんになろうか」って。イベントでやろうとしていたものを、お店にすることにしました。

――となると、もともとはカレー食堂をやろうと考えていたわけではなかったんですか?

そもそも転勤になる前にタイ料理を食べたこともなかったし、海外にも行ったことがなくて。そんな状態の僕が、現地の友人とレストランに行って衝撃を受けました。

なんとなくグリーンカレーを頼むのかなあと思っていたら、誰も食べてなくて(笑)。出されたのが、現在ヤンガオで提供している<ゲーンハンレーカレー>。

イメージしていたものとはまったく違ったものの、今でも味を思い出せるくらい美味しかったんですよね。鮮明に記憶に残っている衝撃的な体験で。

カレーだけでもこんなに知らないメニューがあるんだ…と思ったことがきっかけで、イベントをやりたいという発想になり、最終的に今のヤンガオに繋がっています。

――思わぬ出会いからヤンガオにつながっているんですね。安井さんはいかがでしょう?

安井:僕のきっかけは知人からの誘いですね。 学生時代から店づくりに興味があって、美大を卒業したあとはレストランや飲食店を得意としている設計事務所に入りました。

そのあとは運営側にまわりたいと思い、自分が設計に携わった飲食系の会社に。 そのあと、海外にちょっとだけ住んでいたんです。イギリスに2年滞在する予定でした。

でも滞在して半年のところで、現在のパートナーから「お店をやらないか」と誘いがあって。そのときはお金もないし、まだちょっとと思っていたんですけど、「それでもいい」と言ってくれたので。

自分の思ったタイミングではなかったけど、20代でできるというのはチャンスだし、これも縁かもしれないなと思い、始めることになりました。

--山本さんはどのような経緯で現在の仕事に就かれているのでしょうか?

山本:僕は24歳まで料理人でした。それからスタイリストの事務所に入って、27歳のときにフリーランスに。

ーー料理人からスタイリスト。経歴としては異色だと思うのですが、以前からスタイリストという仕事に興味が?

最初からそうなろうと思ってたわけではなかったんですよね。当時料理人をしていた頃の同僚でヘアメイクのアシスタントの子がいたんですけど、その子に「山本さん、スタイリストに向いてるんじゃない?」と言われて。

いろいろと話を聞いたうえで事務所に行ったら、なぜか即採用。僕自身この仕事に移る気がなかったので、「あ、話を聞きにきただけで…」と思っていたんですけど、3カ月後、本当に入ることになりました。

当時、名古屋だと仕事がなくて。なんとなくスタイリストの仕事って雑誌でモデルが着る服をスタイリングすることをイメージしてたけど、そういった類のものは全然なかったんですよね。

で、悔しいから自分で仕事を作ろうと思って、服を作ってる友達とかアパレルで店長をしてる友達に、写真はフィルムで僕が撮るから「こういうことやらない?」と話をしに行って。

それで形にして実績と言えるものを作って、事務所にも「僕、こういうことだったら1人でできるので、話があったら持ってきてください」と伝えて。そこからちょっとずつ仕事をもらえるようになったかな?

入ったときに「3年後に独立したいので死ぬほど働かせてください」と言っていたので、実際に3年で独立したような感じです。

ーーそこから現在のお店の立ち上げにも繋がっていくわけですね。スタイリストの経験はどう繋がっていったのでしょうか?

もともと学生時代から、建築、デザイン、ファッションと、なにかしらにカテゴリーを絞って努力をし続けてきた子に対してコンプレックスがあったんですよね。

でもスタイリストの業界に入ってみて、そのコンプレックスって逆にプラスに使えるんじゃないかと。多くの分野を知ってた方が仕事になりやすいし、ディレクションやプロデュース側に回るとなおさら。

写真の知識があって、映像の知識があって、デザインの知識があって、印刷の知識もあってというのは、人をまとめるとき、指示を出すときにすごく役に立つなと。

ずっとコンプレックスと思ってきたけど、もうここまできたら究極の器用貧乏になろう、なにかを極めるより、極めてる人たちを上手に使えるハブになろうと、そう思うようになりました。

27歳で独立するんですけど、その頃ぐらいからちょっとずつそうした仕事を受けるようになってきて。

例えばお店を出したいとき、フライヤーやDMを作りたいときに、デザイナーやカメラマンは誰に頼んだらいいんだろうという悩みが出てくるじゃないですか。

そこで僕が、こういうイメージをお持ちならこのデザイナーさんに頼んで、このカメラマンさんを呼んで、こうしたらこうなると思います、みたいな提案を仕事としてやっていたんですよね。

それってファッションのスタイリングとは違うけど、僕がイメージを膨らませて適した人たちを集める、結果こういう空気になるだろうと考えるのって、ある意味スタイリングだよなと思ったんです。

--空気感を作る。その意味でのスタイリングが、お店の立ち上げでも役に立ったということですね。

そうですね。飲食の立ち上げのときは、僕はスタイリストをやっていたし、料理長は病院の管理栄養士だったし、マネージャーはアパレルの店長をやってました。

でもやるときに、なんかこう、自分のなかで世界で一番美味しいものを作る人と、世界で一番素敵なコーヒーの淹れ方をしてくれる人。

僕にはコーヒーの知識がなかったので、美味しいかどうかもあるけど、この人が一番カッコよく淹れてくれるんじゃないかな、みたいに考えていました。

 

「僕できるんで、やらせてください」全力で背伸びした10代

そんなみなさん、10代、 20代はどのように過ごしてきたんだろうか。

ムラ:10代、それこそ中学生くらいの頃から好きなものが変わらないというか。ずっと繋がってるんですよね。 だから、それを拡大させているイメージです。デザインを始めたのも、音楽がきっかけ。

例えばクラブに行くにも、当時高校生の自分が毎回お金を払って入れないじゃないですか。でも、フライヤーが作れたらタダで入れる。だから知り合いじゃなくても大人たちに「僕できるんで、やらせてください」って言ってた。

当時パソコンは持っていなかったけど、なんとなく「多分できると思います」って。 で、好きだったブランドの洋服を売って、そのお金でiMacを買いましたね(笑)。

山本:僕は常に3つのアルバイトを掛け持ちして、飲食やカメラマンのアシスタント、アパレル、あと輸入業をやったりインテリアコーディネーターをやったり。本当にやりたいことを、バイトにしてとにかくしまくってました。

でも僕の場合目的があって頑張っていたわけじゃなく、目の前にあるものをひたすらにやっていただけな気がします。

例えば当時、カメラ屋で働いていたら写真家のおじいちゃんが現像をしに来るんですよ。そのフィルムを僕が機械で現像するから、「この人良い写真を撮るな」と思ったら、「素敵な写真ですね」と話をして会話が生まれるんです。

そうして仲良くなると、「今度の日曜日に撮影があるんだけど、一緒に行きますか?」と誘っていただけることもあって。そういうきっかけを作って撮影に同行していました。

インテリアコーディネーターの仕事も、当時死ぬほどシフトを入れてたラーメン屋の店長が「お前に100万渡すから、なんかやってみろ」と言ってくれて、店舗のインテリアデザインを任せてもらって。

でもそれも当時、なんかあったら全部「やりますやります」って言ってめっちゃ働いてたから(笑)。それで先輩方も可愛がってくれた気がします。

今は自分で会社をやってますけど、当時の友達が仕事の相談をくれることも多いんです。でも多分、彼らは僕が何をしているのかあまり知らない。

そんななか言ってくれるのが、「まあ、なんか山本なら一生懸命やってくれそうだし」って。きっと僕はそういうイメージなんだろうなと、自分でも思ってます。

安井:僕は正直学生時代はクラブにほぼ行ったことがないし、遊んでなかったです。それこそ青春を感じてなくて。

でも冒頭でもお伝えした通り、当時からずっと店づくりをしたいと思ってました。お店のブランドづくりや空間づくりに興味があって。

今、シヤチルやコアラド、露店喫茶で “食” を提案しているのも、学生時代にやりたいと考えていたものからあまり変わっていません。

 

ホームランやヒットを打てるかじゃなくて、とにかく「打席に立つ」

ーーみなさんはこれまで、自分の道を歩んでいくなかで、自身の選択に不安や悩みを抱いたことはありますか? この質問をした背景として、例えば今20代の私たちだと、多くが大学3年時に就職活動が始まります。

そこで “敷かれたレールを歩むのか” 、それとも “自分が好きなことを仕事にしていくのか” という悩みを抱く人が多い気がしていて。これは社会人においても同様のことが言えると思うのですが…。

山本:多分僕、そういう話になるとめちゃくちゃ喋っちゃうし、長くなっちゃう(笑)。

ムラ:僕はタイに転勤が決まったとき、正直に言えば行きたくないと思ったんです。でもタイに行ったことが、やっぱり良いきっかけだった。それが今はあらゆる機会のフックになっている気がします。

例えば、今名古屋でお店をしているのも名古屋が好きとか嫌いとかっていうよりは、たまたま名古屋。でもそれでいいと思うんです。たまたまタイに行って、そのなかで自分にある “好き” の部分をピックアップして、選んで、みたいな。

DJにしたってデザインにしたって、自分の選べることからチョイスして組み合わせてきた結果、今に繋がっている。

たしかに好きなことに向き合ってきたのもあるけど、タイに行くというのも自分で選んだわけではないので、良い流れに乗れるよう、色々と見るようにしていたというのはあるかもしれません。

山本:僕は、好きなことを貫いてやってきたのかというと正直よく分からない。でも当時敷かれたレールを歩むか、好きなことをやるかっていう悩み方はしていなかった気がします。

多分、やりたいことのなかでどれをやるか、それこそ辛いけど続けてみようかとか、そういう悩みはあったと思うけど。とにかく自分がそのとき面白いと思うものや、やりたいと思うことを死ぬほど頑張ってきた。

きっと、なにかに絞って極めている人に比べたら色んなものが浅いし、なんのプロでもないかもしれないけど、当時頑張ってきた写真や映像、デザイン、印刷の知識が役に立ってる。

だから、とにかく与えられたことに一生懸命頑張ればいいんじゃないかな。それと “どれだけ打席に立てるか”。

それぞれが手がけるショップでは、店舗運営だけでなく、パーカーやキャップなどオリジナルグッズの販売も行っている

例えば僕の店のスタッフの子たちでいうと、どうしてもヒットを打てるか、ホームランを打てるかみたいな極論に悩んでいる子がすごく多い気がするんです。でもそれって、そもそも打席に立ってないじゃんっていう。

打席に立って打てなかったら、どうしたら打てるか考える。打ってファーストまで行けなかったら、どうしたらファーストまで行けるかを考えればいいと思うんです。

そもそも打席に立ってないのに、どうやったらヒットを打てるんだろう? って考える方が、きっといつまで経っても打席に立てない。

さっきムラくんが「僕作れます」と言ってたのも、“とにかく打席に立とう” という意識の表れだと思うんですよ。きっとそう考えていった方が、結果的に面白くなると思います。

ムラ:それは本当に。早ければ早いほどね。

山本:そう。失敗したとしても、また次に活かせるし。年齢は関係ないけれど、打席に立てるチャンスがほんの少しでも掴めるなら立っていくべきだと思います。で、そこに対して、努力ができるか。

それが仮に自分はサッカーやりたいのに野球の打席だったとしても、立てるなら立っとけば? って、そう思うな。まあ闇雲に立てばいいってもんじゃないからそこはニュアンスがちょっと難しいんですけど、立つからには全力で。 

 

3人が思い描く、これから

――例えば安井さんであれば、最近シヤチルに続いて、2店舗目の『コアラド』をオープンされましたよね。今後描いているビジョンはありますか?

安井:母体はシヤチルだと思っているので、店舗拡大はあまり考えていないですね。露店喫茶も、どうやって喫茶店の良さをテイクアウトでモノとして落とし込むかを考えたときに、これがいいんじゃないかと立ち上げた形です。

コアラドはわりと尖ったスタートをしたので、お客さんによってなだらかになっていけばいいなと思っています。それが次に繋がっていけばという。

というのもシヤチルを始めたとき、お店での表現に僕のすべてを詰め込んだつもりだったんですけど、いつの間にか、もう僕自身のものじゃなくなっていて。お客さんの考える “シヤチル” が、どんどん大きくなっていった気がしたんです。

当時はめちゃくちゃ尖ったことをやったつもりでいたんですけど、どんどんとそれがなだらかになっていった。でも別にそれが嫌なわけじゃないんです。

だからコアラドも、またそうなっていくだろうと。なっていけばいいなと思っています。

ムラ:僕もできれば大きくしたくないかな。学生時代から顔が見える店に憧れていたんです。レコード屋や洋服屋、カフェにしても、オーナーが立っているその場所に一緒にいたいという感覚があって。

だからヤンガオもそうでないと、自分が行きたいお店ではない気がしたんです。実際にお客さんからは、「顔が見える感じでやっているのがいいね」と言ってもらえることもあるので、これからも妻と2人で仲良くやっていきたいと思っています。

山本:きっとそれが一番だよね。タイミングは分からないけど、僕も今は拡げるだけ拡げて、最終的にはきゅっとしようとはずっと思ってる。一番最初にオープンした『re:Li』(リリ)というお店は、当時の自分をすべて注ぎ込んでるんですよ。

でも安井くんの言うように、1ヶ月経ったらやっぱりちょっと変わっていくんですよね。でもそれをリビルドしていこうというよりは、これはこれで残したまま、僕は僕が持ってるチャンネルのまま作ろうという思いで少しずつお店を増やしていった。

会社を始めた頃はスタッフを守ろうと思ってたけど、今はスタッフに家族ができ始めているから、スタッフの家族も守れるようにという気持ちも含めて、たくさんタネをまいている最中。

最終的には、僕もムラくんみたいになりたいと思ってます。

 

目の前の “好き” にひたむきに

お話から見えたのは、自分のなかにあるものを活かして、最善を尽くしてきたということ。

人生の大先輩を前に緊張しっぱなしだったけれど、目の前にある “好き” を無視せずに取り組んでいたら、点と点がいつか繋がる日が来るかもしれないと背中を押してもらった気がする。

山本さん、ムラさん、安井さん、本日はありがとうございました!

 

僕らの友達について

安井俊介(ヤスイ シュンスケ、写真上)

1988年、愛知県生まれ。喫茶『シヤチル』、『露店喫茶』、洋食堂『コアラド』を経営。 

Instagram:@yaschill

村松和昌(ムラマツ カズマサ、愛称ムラ、写真手前右)

1982年、愛知県生まれ。奥様と2人でタイカレー食堂『ヤンガオ』を浄心にて営む。

Instagram:@m_o_o_l_a

山本雄平(ヤマモト ユウヘイ、写真手前左)

1980年、愛知県生まれ。食とクリエイティブの会社<MAISONETTEinc.>CEO。飲食店のディレクションやプロデュース、スタイリングなどを手がける。他に、食とカルチャーのお店『MaisonYWE」(メゾン イー)、『TT"』(トド)を経営。東京の渋谷と神田にあるダイニングバー『Sta.』では、フードディレクションを担当。

Instagram:@yuhei_maisonetteinc

 

 

今回訪れた場所

■コアラド

東山動植物園の麓にオープン。洋食店とダイナーを主軸としつつも、メニューには酢豚や焼うどん、パテドカンパーニュなど、無国籍でジャンルレスな料理が並ぶ。1階では、喫茶店の魅力や雰囲気を持って帰ってもらいたいという思いで始めた『露天喫茶』も併設。テイクアウト用フードやグッズの販売を行っている。

住所:愛知県名古屋市千種区東山通4-10-5 東山早瀬ビル

Instagram:@koalado_nagoya

※営業時間や定休日などは上記Instagramのご参照をお願いします。

 

 

記事の創り手はこちら

■ヨシカワ アカリ - 取材・執筆

1996年、愛知県生まれ。2017年にウェブライター・アシスタントとして活動を始める。現在は会社員をする傍ら、チトセではウェブライターとして活動。都内でもほっと息がつける場所を求めて、街歩きをする週末にハマっている。

Instagram:@_929y

 

■タナカ ナルミ - 撮影

1997年、愛媛県生まれ。生活のなかの何気ない情景や光に心動かされ写真を撮っています。高校時代、写真部に入ったことがきっかけで写真に魅了され、現在は名古屋で活動しています。

Instagram:@_naru_naru

 

■シュン - 編集

チトセの代表と編集長、カメラマンを務めています。“僕らがたのしく生きるために” をテーマに、親しい友人から話を聞いているような、そんな等身大のメディアを目指して。「楽しいから楽しむのではない。楽しむから、楽しいのだ。」という言葉を大切に日々を生きています。

Instagram:@shun_booooy

 

 

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